自転車のサドルの上で

74歳の26年目のチャリダーです。油絵も始めてから8年目に入りました

マッチのラベル

 若い頃の親父は、少年期から切手(使用済み外国)収集していたようで、他にも気になったものを収集している。マッチのラベルもそうで、それほど多くはないが、気に入ったラベルを切り取ったものが残っている。

 その中でも、支那事変(日中戦争)が始まって(s12)以降、マッチのラベルも戦時色前面となる。右下の「敷島パン」はそれ以前で、こういうモダンなしゃれた図案を製パン業者が作っていたことも驚きだが、昭和12年、満州国をはみ出して侵略するようになると、戦争の正当性をがなり立てるようになる。プーチンしかり、いつの世も変わらない。

 中央上のラベルは、その12年の戦闘で、目を負傷した兵が足を負傷した兵を背負って、伝令任務を遂行した一場面である。翌年発表された、軍歌の一節にも唄われた。

 藤倉工業のガスマスクは作っていたんでしょうな(ゴム製品製造)、空襲に役立つかどうかは?だが。「上海航路」は喫茶店、不二家もなかなか(どんな洋菓子やねん、と言いたくなる)の図案。こういう時代もあった、という所。

 

 体(腰痛)の調子は、投薬により回復しつつあるようだが、薬が切れて再発とならないようにしたい所。